医療不信(上)患者の声を受け止めて、聞いて下さい
医師の誤診。患者の訴えは受け入れられず
朝日新聞(2000-06-09)から引用



医療事故が相次いでいる。事故そのものが増えたわけではない。以前なら、表に出てこなかった事故やミスの一部が表面化しているにすぎない。ただ、密室医療という古い体質に穴が開き始めていることは確かだ。いまこそ患者側の声を医療の世界に届けていく必要がある。(くらし編集部・佐藤 純、辰濃哲郎)

@必要な検査が行われないままに、度重なる誤診
A改革の提案1:医師は、「わからない」と言う勇気を持って欲しい
B改革の提案2:臨床教育の充実が必要
C改革の提案3:医療現場の密室性の打破が必要


必要な検査が行われないままに、度重なる誤診


腹痛で受診、詳細な検査が行われず帰宅
★わずか数日の間のできごとだった。 埼玉県に住む香織ちゃん(9)=仮名=は、目のくりくりとした、ちょっとおませな女の子だった。1998年暮れ。「おへその周りが痛い」といって学校から帰ってきた。微熱もある。歩いて5分の総合病院に行くことにした。
★「おなかが痛いんですけど」。横になった香織ちゃんのおなかを医師が触診する。「風邪による腸炎だね」。母親の真弓さん=仮名=が「盲腸じゃないですよねえ」と尋ねると、医師は手招きして「ちがうよ。盲腸だとここが痛いから」とその場所を手で示した。
再度で受診、やはり検査が行われず帰宅
★安心して帰宅した。ところが翌朝、熱が39度を超えた。午後、大量に吐いた。加えて下痢も激しい。翌日、同じ病院へ行った。一回目とは別の医師だった。20秒ほどの触診を終えて、「同じ薬、出しておきますね」という。真弓さんが「盲腸では?」と聞くと、「こういう風邪、はやってるんだよ」。何を尋ねても、はねかえされた。今度も検査はしなかった。
★翌日になっても、良くならない。「寝てなくていいの?」「うん、この方が楽だから」。たたんだ布団によりかかって座っている。この日はクリスマスイブ。ケーキを作る約束だった。真弓さんは気が紛れるかもと思い、手伝わせた。
三度目の受診でも、検査は行われなかった
★翌日夜の就寝間際、急に苦しみだした。体を曲げ、おなかを押さえて震えた。「腸が切れちゃうよお」と叫ぶ。あわてて救急車を呼んだ。サイレンが聞こえてくる。真弓さんは道案内しようと外に飛び出した。その後ろを香織ちゃんが、はってついてくる。置いていかれまいと必死で。
★かかりつけということで、同じ病院に運び込まれた。救急の処置室に入って10分くらいたっただろう。医師が「点滴したら帰っていいですよ」といった。「えっ、おなか痛がってませんか?」「渋り腹(下痢の一種)ですから」。6人部屋での点滴が始まった。すぐにおう吐する。血が混じったようなえんじ色。おなかが痛くてもだえ、ベッドから落ちた。夫が「大丈夫なのか」と医師に詰め寄る。「大丈夫」。香織ちゃんは、朝までうつろな目を天井に向けたまま、一睡もしない。
症状が急変、検査が行われたが、間に合わず
★午前9時過ぎ、最初に「風邪による腸炎」と診断した医師が現れた。おなかの触診で、香織ちゃんは反射的に身をくねらせた。「レントゲンを撮りましょう」。初めての検査だった。「虫垂炎か腹膜炎かもしれません」。「30分後に手術します」。真弓さんは、だまされたと思った。3時間半にわたる手術中、医師から「おなかの中にうみがたまっていました」と説明された。
★手術後、香織ちゃんはやはり、目を開けていた。「おしっこ」。次の瞬間、足を激しくけいれんさせるようにばたばたさせた。あわてて看護婦が医師を呼びに行く。カーテンを閉められ、医師が次々とそのなかに入っていく。何が起きているのか、わからない。集中治療室へ運ばれていく。
★夜、「尿が出ないのでバイパス手術をします」と言われた。どうなっちゃうの?30分後、ガラス越しにみる集中治療室が急にあわただしくなった。看護婦と医師が香織ちゃんの胸を手で小刻みに押している。そのたびに、薄い、小さな胸が痛そうだ。夫が廊下に座り込んで娘の名を叫び続けている。「もういい。これ以上、香織を傷つけないで」。この人たちに助けて、といっても無駄だと思った。医師が廊下に出てきた。「精いっはいやったのですが」。
★香織ちゃんが逝った翌々日、真弓さん夫婦は警察に相談した。経過をすべて話したが「民事で話を進めた方がいい」と言われた。咋年、夫婦は病院を相手取り損害賠償訴訟を超こした。準備書面で病院側は、あれほど否定していた盲腸の疑いについて「可能性は否定できなかったので抗生剤を投与した」と主張してきた。全面的に争うというのだ。いま、娘に申し訳ないことをしたと思っている。一方で、医療の前では、いかに自分たちが無力だったかも味わわされた気がする。


改革の提案1:医師は、「わからない」と言う勇気を


医師も人問ですから誤診は必ず起きる
★先日、ある医師から「プロフェッショナル・フリーダム」という言葉を聞きました。医師は優れた専門性をもつ職業で、だれにも犯されない裁量権をもつ。たいがいの場合、医師の診断は、その力量とは関係ななく保証されるのです。
★4月以来、「医療不信」について、くらし編集部に約750通もの投書が寄せられました。その2割以上が医師の診断ミス(誤診)を訴えています。誤診が事実だったとしても、それを立証するのは困難です。客観的な証拠を求めてカルテを見ても、報われないことの方が多い。患者取り違えや薬の処方ミスなど、明らかな医療ミスとは異なります。
★医師の誤診はいわばブラックボックスです。でも「プロフェッショナル・フリーダム」ゆえのブラックボックスと思いたくない。ミスを犯そうとして犯している医師はいません。でも、医師も人問ですから誤診は必ず起きます。
医師もわからないから患者と一緒に考えることが大切
★図を見てください。私たちは、医療ミスを、こう考えてみました。Aのケースは氷山の一角です。B〜DCケースでは、問題が表面化しないのです。三角錐の真ん中にある陰が、いわゆる誤誤診。表面をガラス張りにでもしなければ、光が当たることはありません。
★若い医師のなかに、このブラックボックスを患者と共有するにはどうしたらよいかを考え始めた医師がたくさんいます。ある女医は「患者に『わからない』と言うのは勇気がいる」と話してくれました。
★医師がわからない」と言ったら患者は戸感うでしょう。しかし、患者と一緒に、いろんな可能性を考えることができるし、ほかの専門医を紹介することも考えられます。「わからない」には責任が伴うのです。
★批判を承知で言うなら、医師と患者が「医療」を共有するために、まずは「わからない」のすすめです。患者はわからないから尋ねるし、医師もわからないから患者と一緒に考える。三角錐の中身が、透けて見えてきませんか。(辰濃哲郎)





改革の提案2:臨床教育の充実が必要
八尾総合病院長・森 功氏


臨床教育の不備が問題
★医療過誤訴訟で鑑定意見書の作成を引き受けている私たち医師グループが、約5年間に鑑定した349件のうち、過誤と判定したものは239件、そのうち診断に問題があったケースは71件に上った。
★分析すると、患者から病歴や症状を聞き取り、得られれたデータから問題点を抽出していくことがちゃんとできていなかったり、科学的根拠を十分に得ないまま診断を確定したりしている。
★これは、医学生や若い医師に対する臨床教育が不備だからだ。アメリカでは、主治医の診療と並行して、学生が実際に患者を診る作業を通じて勉強するが、日本では、グループで訪れ、ちょと患者さんを見せてもらって終わり。それではトレーニングにならない。
★基礎トレーニングの重要性を50年間放置してきた国と、アメリカのようにきっちりやってきた国との差は、厳然たるものがある。


改革の提案3:医療現場の密室性の打破が必要
医療事故情報センター・加藤良夫氏


医療の密室性を破ることが必要
★患者が、誤診されたとして裁判を起こした場合、医師が、症状や検査結果から当然疑うべき病気を疑わず、別の病気を疑ったことを患者側が立証しなければならない。カルテの記録は不十分なことが多く、この立証は難しい。
★なぜなら、診療は診察室という密室で行われ、その内容は専門性が高く、しかも、裁判に協力してくれる医師が少ないからだ。私たち弁護士の相談に乗ってくれる医師はいるが、仲間同士のかばい合いがあるため、法廷で証言したり、名前を出して鑑定書を書いたりしてくれる医師は少ない。
★さらに、事故があっても、医療関係者は、患者側の知識が少ないのをいいことに真相を明らかにせず、反省も謝罪もしないことが多かった。そのため被害者を二重にも三重にも傷つけてきた。最近、医療事故が相次いで明るみに出ているのは良い傾向だ。医療事故が相次いでいる。事故そのものが増えたわけではない。以前なら、表に出てこなかった事故やミスの一部が表面化しているにすぎない。ただ、密室医療という古い体質に穴が開き始めていることは確かだ。いまこそ患者側の声を医療の世界に届けていく必要がある。       (くらし編集部・佐藤 純、辰濃哲郎)