医療不信(中)大学病院の医局、閉鎖的な階級社会
診断や治療ミス、隠蔽体質で表に出ない
朝日新聞(2000-06-10)から引用
誤診の問題を取り上げたに続いて、医療ミスを起こした病院がなぜ、事実を隠蔽(いんペい)しようとするのかを考えたい。病院には数多くの医療関係者が働き、それぞれは真剣に患者の命と向き合っている。なのに、ミスが起きると外部に漏れることを極度に恐れ、患者の立場が置き去りにされる。その根っこをたどっていくと、大学病院を頂点にした頑強なピラミッドの構造が見えてきた。
(くらし編集部・佐藤 純、辰濃哲郎)
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教授を頂点とした、かばい合いが問題
教授を頂点とした、ピラミッド社会が隠蔽
★今春、有名大学病院の医療現場の一線を離れたA医師は、穏やかな口調で話し始めた。
★数年前、子宮を全部摘出した女性が、手術翌日の夜、胸の痛みを訴えた。肺梗塞(こうそく)を疑った当直医は、血液ガスをとって酸素マスクをあて、集中治療室へ運んだが、まもなく死亡した。重大なミスがあった。肺がどれだけ機能しているかを調べるレントゲン撮影をしていなかったのだ。肺が機能していなければ、気管挿管で人工呼吸すると同時に、詰まっている血管の血腫を取り除かなければならない。最も基本的な処置を忘れていたのだ。
★正しい処置をしていても助かったかどうかはわからない。でも、患者の家族には、こう説明した。「飛行機事故と一緒で、予測し得ない事態でした」。処置の遅れは伏せられた。
★A医師は、ミスを隠し、医師同士がお互いをかばいあうこの体質を、「ピラミッド社会の弊害」という。「医局」は、教授を頂点に助教授、講師、助手といったピラミッド型の階級社会だ。教授が人事を握り、医師たちを束ねていく。「教室」とも呼ばれる。こんな経験を打ち明けてくれた。
教授の方針に、異を唱えることが出来ない
★二年前のことだ。その半年前、癌で子宮を摘出した女性が、術後の通院をしていた。検査の結果から、癌が転移している疑いが出てきた。複数いる主治医のうち、外来主治医の教授は、すぐに入院を指示し、抗癌剤の投与を決めた。
★しかし、もう一人の若い主治医は、教授の診断に疑問をもった。膵臓の炎症でも、同じような検査結果が出ることがあることを知っていたからだ。それでも若い主治医は、教授の方針に異を唱えることはできなかった。一方で膵炎かどうかを確かめる検査を緊急に始めた。早くしなけれは、癌でない患者に副作用の強い抗癌剤熱を投与することになる。
★なぜ教授に進言しなかったのか。教授の診断にたてつくことなど許されないからだ。逆らうと「干される」。論文を書かせてもらえない。たとえ書かせてもらっても、教授による講評は後回しにされる。にらまれると、ほかの医師からの協力も得られなくなる。何より、人事を握られている。
★検査の結果、癌ではなかった。むろん抗癌剤は投与しなくて済んだ。
上級医に対する配慮で、患者に説明できない
★医師国家試験に合格すると、まず研修医として大学病院の医局に入る。「医籍」ともいい、出身大学とは関係なく、入った医局が原籍となる。入局して数年は研修医。その後、専修医を経て、全員が関連病院に配置される。次に優秀な人材だけが助手として大学病院に戻される。だれを戻すかは、教授に最終決定権がある。大学に戻ると、医局スタッフとして下働きが始まる。
★ここで教えられたのは、「患者にはあまり説明するな」ということ。主治医が複数なのでそれぞれの考え方が違ってくる。上級医の説明と食い違うと「患者が不安になる」というのだ。患者に質問されたら、「上の先生に聞いて」と答える。
★一方では、ミスを犯しても、医局にいる限り、かばってもらえる。
手術に失敗しても、医局で「もみ消し」
★数年前、流産した患者の子宮内掻爬(そうは)の手術中、誤って子宮を突き破ってしまい、腸を引っぱり出してしまったことがある。消化器外科の医師が駆けつけ処置を施した。
★患者にどう伝えたかはわからない。しかし、ミスを犯した医師は、口頭で注意を受けただけで、翌日から通常の勤務についた。もちろん外部には公表されない
★2回にわたって、計6時間を超える取材の最後に、A医師は言った。すべての医局が同じ、とは思わない。でも、少なくとも自分がいた医局は、理想としていた医師像を実践できるところではなかった。
改革の提案4:情報公開に向けて、組織の改善を
乳癌患者のカルテ改竄(ざん)を命じられる
★その看護婦は、明らか戸惑っていました。「私にも生活がありますから……」。詳しい証言はしてくれませんでした。先月末、乳癌ではない患者の乳房を切除してしまったことが発覚した大阪府枚方市の市立枚方市民病院の取材でのことです。
★前名誉院長が、医療ミスのあった患者の看護記録を改竄(かいざん)するよう指示したというのです。命じられたのは、看護婦たちです。人の命を救うこと志して医療の道に進んだはずの彼女たちは、どんな風に考えているのだろう。「看護婦人生の中で、もっと何とかしてあげられた、と心に残る患者さんの一人でした」と彼女は言います。心の揺れをみせながらも「改竄」については、口を閉ざします。彼女たちを追い込んだのは何なのでしょう。
★前名誉院長は15年にわたって院長を務めました。治療方法や薬の処方にいたるまで、ほとんど独断で決めていたと言います。「古い治療法だな」と思っても、異議を唱える医師はいません。大学病院の医局と同じように、権力者を頂点にした「階級社会」がここにもできあがっていました。その構造を肌で感じている看護婦たちが命じられるままに記録を改竄したのです。
「組織の秩序優先」では、何も生まれない
★組織の秩序を乱すとつまはじきにされる、自由にものが言えない……。日本のどこにでもある組織の風土が、病院にもあるのだと思います。ここ数年、数々の不祥事を通して、役所や企業、警察などプロたちに向けられる目は厳しくなっています。そんななかで、情報公開は、もはや時代の流れです。
★先日、ある医師から聞いた話です。医療ミスが内部で発覚した大学病院で、教授が「これをマスコミに公表しましょう」と提案したと言います。当時はまだ、医療ミスがいまのように表ざたになっていませんでした。これを聞いた若い医局員たちは涙を流したといいます。命を救う責任と、ミスを犯したことへの責任と。その責任の重さをかみしめる涙と信じたい。隠蔽からは、何も始まりません。(佐藤 純)