医療ミス−国立病院に裏切られた
出産時の処置の遅れで脳性麻痺となったが、まもなく亡くなる
毎日新聞(00-08-17)から引用
「国立病院だったら、町医者とは違うはずだと安心していたのに」。埼玉県朝霞市の主婦、滝沢富栄さん(45)は、国立病院への信頼を裏切られた悔しさを今も忘れない。国立埼玉病院(同県和光市)で出産した際の医療事故で、生まれてきた長男は障害を負った。国を相手に起こした訴訟は和解が成立したが、その半年後に長男は亡くなった。厚生省の過去11年間の資料では、裁判で敗訴・和解した件数は埼玉病院が4件とほかの4病院と並んで全国最多だった。その当事者の一人でもある滝沢さんの心の傷は深い。 【医療問題取材班】
病院ぐるみでミスを隠していた
★滝沢さんの長男剛(つよし)ちゃんが埼玉病院で生まれたのは1986年1月。自然分娩の予定だったが、なかなか生まれず、子宮口が開いて4時間15分後に帝王切開で生まれた。表情が乏しいなどの障告があり、生まれてから3カ月間病院にとどまり、退院後も同じ小児科に通った。病院は「難産だったから、ほかの子より3カ月くらい成長が遅れてもおかしくない」と説明した。
★7月に別の病院に行き、初めて回復の見通しのない脳性麻痺と診断された。出産時の処置の遅れで、胎内で長時間仮死状態となったことが原因とみられた。「病院ぐるみでミスを隠し、苦しみを家族に背負わせるなんて許せない」。滝沢さんは夫の力さん(47)とともに89年2月、損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。
国と全面的に争うが、裁判所から和解勧告により和解が成立
★国側は全面的に争い、救いのない日々が続いた。裁判をやめようかとも思ったが「同様に苦しんでいる人のため、同じ目に遭う人をなくすためにも続けていこう」と力さんが支えてくれた。
★突然、裁判所から和解勧告が出て、93年6月に和解が成立し、4年余りの裁判を終えた。その年の暮れ、剛ちゃんは垂度障害者施設で7歳の命を閉じた。家庭教師の紹介など、剛ちゃんあてのダイレクトメールが今も届く。「無神経な郵送に以前は腹を立てたが、今では静かに受け取るようになった。私の中では、剛は中学3年生です」
★滝沢さんは「国立病院を訴えるのは敷居が高いかもしれない。でも、泣き寝入りするよりずっとよかった」と言う。埼玉病院では、ほかにも賠償金を支払ったケースが統いていた。滝沢さんの代理人の森谷和馬弁護士は「滝沢さんの事故の後、病院がどんな対策を取ったのか、何の連格もない。事故から学ぶシステムがなければいけない。国立として税金を使っている以上、医療事故やその対策についての惜報開示は不可欠。患者は開業医以上に安心して利用しているのだから、その信頼に応えるべきだ」と話している。
※埼玉病院の話:この訴訟については、事案が古く詳しい事情が分からないためコメントは控えたい。